年表
唐澤山神社年表
延喜16年(916) | 秀郷配流 |
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延長7年(929) | 秀郷乱行 |
天慶3年(940) | 秀郷、平貞盛等と将門破る。秀郷、従四位下に叙す。功田を賜る。下野、武蔵両国国司を兼任する。 |
安和元年(968) | 秀郷の子・千晴、隠岐へ流罪。秀郷の子・千常、乱を起こす。 |
保元2年(1157) | 佐野の庄、院領となる。 |
保元3年(1158) | 秀郷子孫・足利家綱、天覧相撲出場。家綱の子・成俊、佐野の庄を支配し、佐野氏を起こす。 |
治承4年(1180~) | 藤姓足利氏一族分裂。家綱の子・俊綱、忠綱は平氏方へ、俊綱の弟・有綱とその子三人は源氏方へ。 |
養和元年(1181) | 俊綱、桐生六郞に殺される。有綱、首を自検す。 |
承久3年(1221) | 宇治川の合戦(平家物語)にて、忠綱が秀郷公より伝来の避来矢(平石)の鎧着用。 |
1200~1500年 | 唐澤山城の改築を繰り返す。 |
永禄4年(1561)~天正10年(1582) | 上杉謙信、10回にわたる佐野攻略。 |
天正13年(1585) | 宗綱、長尾顕長との戦いに須花に於いて戦死す。 |
天正13年~天正18年(1590) | 北条氏忠、養子として佐野城主となる。 |
天正20年(1592) | 修理太夫信吉、佐野城主となる。 |
慶長7年(1602) | 唐澤山から春日岡への移城を命じられる。 |
慶長19年(1614) | 佐野信吉改易。信州松本へ配流。 |
寛永11年(1634) | 信吉、御赦免。江戸へ出府。 |
寛永13年(1636) | 信吉の子・二人、旗本となる。 |
明治13年(1880) | 藤原秀郷公の霊廟を唐澤山古城跡に建設する事が唱えられる。沢英社が組織され、東明会が発足する。 |
明治14年(1881) | 天下谷政重氏を受持神官に定める。 |
明治16年(1883) | 佐野常民氏、東明会総裁となる。 |
明治16年(1883) | 大殿祭・鎮座祭を執行す。四月二十五日、十月二十五日を大祭日と定める。 |
明治23年(1890) | 別格官幣社に列せられる。秀郷公子孫、佐野郷初代宮司を拝命、新築拝殿落成。 |
明治24年(1891) | 引局南方山崩れ、現在の参道となる。秀郷公900年祭を執行す。 |
明治27年(1894) | 皇太子の行啓の栄によくす。 |
明治40年(1907) | 本殿造替。 |
明治42年(1909) | 拝殿造替。 |
昭和27年(1952) | 宗教法人・唐澤山神社となる。 |
昭和38年(1963) | 御鎮座八十年祭執行す。 |
昭和58年(1983) | 御鎮座百年祭執行す。 |